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久が原の個別指導塾 学習塾【英才個別学院 久が原校】好きな言葉

みなさん、こんにちは。

久が原の個別指導塾 学習塾【英才個別学院 久が原校】の柴田です。

先日、面接対策の内容で、

『好きな言葉、スローガン、人生のモットー』を

聞かれる項目に挙げたと思います。

 

今回せっかくですから、私の好きなことばを記したいと思います。

12歳の時の言葉です『世の人は、我を何とも言わば言え。我成す事は我のみぞ知る』

知る人ぞ知る、坂本龍馬の言葉です。

私の大好きな人です。

この言葉は、読み取り方が重要で、簡単に逃げ口上のように使ってはいけないので、

なるべくかいつまんでポイントを絞ってお話します。

 

まず、先ほどの言葉ですが、龍馬の12歳の時のものだそうです。

とても大人びた発言のように感じますが、当時の彼は少なくとも学業面については、

出来が悪かったそうです。

では、そんな彼は、まったく努力をしなかったかというと、

それから数年後には、故郷の土佐を離れ(当時は藩に許可をとって)、

江戸で二度の剣術修行をし、北辰一刀流の免許皆伝を取得します。

 

その後の途中経過は省きますが、

龍馬は薩摩と長州の仲介役になり、同盟関係を結び、

(ここからがすごいところなのですが)

当時、彼は幕府からお尋ね者であるにもかかわらず、

幕府の重要人物の屋敷に何度となく足を運び、

権力を天皇に奉還させる旨の働きかけをしました。

一度は故郷の土佐を離れ、土佐藩からも追いかけられていましたが、

その頃には土佐藩自体も龍馬を味方し、土佐藩の進言としても

『大政奉還』の後押しがされました。

 

幼いころには、頭の悪い子供と見られていた坂本龍馬ですが、

このころ、新しい日本のあり方として移動中の船内で書いたとされる

『船中八策』は、のちの五箇条の御誓文の基本的な考え方になったと言われています。

大量の本を読みこみ、その意味を理解していなければできないことです。

 

その後、日本は、極端に大きな内戦もなく近代化を成し遂げましたが、

龍馬自身は明治の時代を待たずに暗殺されてしまいます。

 

お伝えしたいことは、そこまでのことをした人が残した言葉なのではなく、

まだ、何もしていない12歳の少年の言葉なのだということです。

きっと、今の世の中と比べたら、ずっと嫌な思いをたくさんしたはずです。

そこで腐らず、彼は何をみていたのか。

そして、どんな性格を身につけたのか。

坂本龍馬のしたことは、話しかける相手を『ひきつける』魅力がなければ、

成し遂げられない事です。

 

そして、さまざまな逸話から、その魅力があふれてくるのです。

そんな彼が、まだダメダメだったころの彼の12歳の時のスローガンが、

『世の人は、我を何とも言わば言え。我成す事は我のみぞ知る』

なのです。

桂浜の

学習相談、随時行っています。

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*****英才個別学院 久が原校 概要*****

【授業時間】 17時00分~21時25分

【対象】小学生・中学生・高校生・既卒生

【申込方法①】当教室ホームページからお問い合わせください

http://www.eisai-kugahara.com

【申込方法②】当教室までお電話ください 03-3752-3300(14:00~21:00 日・祝日休み)

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